わたしはその時あらゆるものをいっぺんに失い逃げ帰った
順を追って恋人と理解者と親友を失ったのだ
最後の痛手はわたしを人間不信と自己不信に叩き落とした
逃げ帰った先の家族はわたしの負った傷について一切無関心で、昼に外に出ることも出来ず、ただ詩や読書に費やしているのも無視してくれた。
それはありがたいことだった。
負った傷を自力でなんとかしなければわたしは自分を許せないだろうから。
いや家族の無関心は途方もない優しさだったと思う。
家の人たちは旅行の予定や行く先についてもあまり気にしないでいてくれるのだ。
やあ最近会わなかったね。こんな具合に。
健康な体に生まれていながら病気になったりすると自己管理が悪いと軽蔑され、いたわりではなく主に侮蔑の言葉がとんでくる。
何かトラブルがあったも同様。
類は友を呼ぶ。それを招いた自分を悔いるべきだと。
しかしその時ばかりは家族は責めるでもなくわたしをほったらかしにしていてくれた。
わたしがあまりにも打ちのめされていたからだろうと思う。
わたしは安穏と逃避を開始し、キーツの詩をバイロンを読み返し、児童文学にどっぷりつかりルバイヤートに日本神話に漢詩に岩波文庫に埋もれていった。
その間中、顔半分に出来た膿は消えず、まるで不信を判子で押したようだった。医者に行こうが何をしようが治らない。
もはや永遠に顔半分を爛れさせて生きていくのもやむなし。一生隠居するつもりだった。
心優しい友人の、どうしたの?大丈夫?
といういたわりは心を閉ざした当時のわたしをかえって追い詰めた。
今は、ありがとうと言える心の領地を拡大したように思う。
不信も悲しみもそこから立ち直れば必ずや人を磨くものであるらしい。
しかし当時のわたしは交流を絶ち、こそこそと日々をやり過ごした。
図書館と家を往復する以外は深夜と明け方が唯一外の風を感じる瞬間だった。
やがて、音楽や読書による瞑想や、深夜の散歩のおかげで、どうにかこうにか心が魂に折り合いをつけ、自分を許す日がやってきた。
その雨のある日、わたしは思い立って庭いじりをし、不要と思われる枯れ葉や枝をちょんぎりまくり引っこ抜いた。
家族は庭木への暴挙に憤慨していたが、その日をさかいにわたしの顔半分のただれは消失していき跡形もなくなった。
そして傷が完全に癒えた頃には、ある曲が頭から離れなくなった。
そう、曲を作った時から遠くの空を飛んでいた鳥は、歌い手の様子を伺っていたようで、待ちかねたように舞い下りたのだった。
わたしはわたしでしかない。
ぼんやりと今までの顛末が告げる真実に、ひとりでに口は歌い出す。
ああ、この曲、前に作った。
いやずっと前から轟いていた。イントロのギターは、伸びきった弦がやっと手繰り寄せるかの鳥の羽音だ。
アズテカと鳥は名乗った
遊園地で買った偽物のターコイズで出来た太陽円盤の裏側には果たしてエルアズテカと記してあったっけ
あの円盤はわたしの気を引き、鳥をまねいたに違いない
鳥がふたたびこの世にやってくるには、誰か恐れ知らずの喉が必要だと
それが愚にもつかないわたしなのは鳥にとっては気の毒だった。もっと稀代の歌手にとっつけば良かったのに。わたしはそうも思った。
しかし、とにもかくにも、わたしはふたたびその鳥の背を追う羽目になり、その曲を歌う決意に息を吹き返したのだった。
ベッドに座り作った時と同じようにシタールのように伸びきった弦のギターを好き放題に調弦し、ノイズをかき鳴らす。
鳥は頭上を旋回しわたしは歌う
誰かほかに聴きたい人がいるだろうか?
この鳥の羽ばたきを。
わたしはあてもなく金きり声をあげ、どうにかその翼を、滑空を、旋回を、声にする
この見事な鳥
きっと他の誰かの魂にも宿る鳥だ
きっと、守り手であるはずだ
するとほどなくして電話が鳴った。相手は古い馴染みのタケだった。
ダブソニックとしても知られるタケは当時アップリンクファクトリーでブッキングを担当していたのだ
タケのことは今度書こうと思う
タケは久しぶりにライブをやらないかと言った。
まるで闇夜に差し込む夜明けの光。
そこでわたしは友達とバンドを作りアップリンクで鳥の歌を歌った
歌うたびに大きな鳥がやってきて頭上を旋回した
鳥が飛んでる気がするの!
聴いてくれた誰かの言葉はわたしを勇気づけた。
あるライブのあと、他のバンドのメンバーが
この曲を知っていると言った
そうだよ
この曲、オレの中にある曲だ
最高の賛辞
よろこび。
かくしてわたしは報われた…
大きな鳥が空を飛んでいる
今、その曲、アズテカの恋人をふたたび歌うことができて、感謝している。
スペースグータラマン岡野くんに、メンバーのみんなに、あさこちゃんに、そして聴いてくれている人に、その機会を与えてくれている時間に!
鳥は翼をひらめかせ舞い戻ってきた。
その見事な鳥は捕らえることはできないが、今度は羽音を録音しておこうと思った
誰かが口ずさむことがあれば、魂の守り手である鳥は舞い降りて、きっと歌う人を導くだろう
わたしもともに歌おう
わたし自身が忘れていた時にもわたしがわたしだったように
歌う人の真実に
その人の輝きに
わたしたちは翼なく歩く生き物だ
それでも
鳥はその人自身だ
わたしが自分に迷い怯えためらっていた時も、鳥は雲の上、悠然と大空を飛んでいた
ただあるがまま
嵐の夜でもその翼からは星が見えているのだから